2011年5月2日月曜日

ダン・ヒックスしか聴くべき音楽は無いんじゃないかとさえ思うぐらいダン・ヒックスが好きだ

 震災以前は、僕はそれほど熱心なダン・ヒックスのファンではなかった。持っていたのは"Striking It Rich"と"It Happened One Bite"の2枚だけで、それもCDだった。10代の頃に愛聴していたトーマス・ドルビーの"The Flat Earth"というアルバムに入っていた"I Scare Myself"が好きで、当時ピーター・バラカンがラジオで「これがオリジナルです」と言ってかけたダン・ヒックスのバージョンがずっと忘れられず、CDを手元に置いていたのだった。

喫茶店をやるようになってから、「喫茶店で流れる音楽」についてあれこれ考え、試してみた。始める前は気を利かせてバルトークとかミヨーのピアノ曲がいいだろうなんて思っていたのだけど、実際かけてみると、気が利き過ぎていた。レナード・コーエンやポール・サイモンは素晴らしくはまった。オシャレに流れ過ぎず、媚びもしないところが良い。飛躍するようだがポーツマス・シンフォニアやシャッグス、アジアの民間ブラスバンドを集めた"Frozen Brass"などの音楽に含まれるある種の愚鈍さも、僕らが目指す喫茶店らしいムードに加担してくれることが分かった。

そんな中でも、ダン・ヒックスは正に喫茶店のための音楽と言っても過言ではないほどに、本儀先生とあゆ子がセットしてくれたBOSEスピーカーから、自宅でかける時の数十倍は生き生きと鳴ったのである。そうして聴き込んでいるうちに、これまでは「"I Scare Myself"とそれ以外の曲」程度の浅い認識だったダン・ヒックスの世界が、もしかしたら宝の山なんじゃないかと思うようになっていった。それで次に入手した初期のライヴ盤"Where's The Money?"で、思いは確信へと変わった。全ての楽曲が、演奏が、恐ろしいほどの神聖な光輝に包まれている。"News From Up The Street"や"Moody Richard"、"Reelin' Down"といった曲を聴いていると、ダン・ヒックスはもしかしたら神なんじゃないかとさえ思うようになっていった。そうこうしているうちに震災が起きた。

震災後は4月に営業を再開するまで、CDを買える状況でもなかったし、あまりダン・ヒックスの事も考えていなかったのだけど、4月7日の大きな余震のあと、店の状態が心配になって行ってみたら、厨房に散乱したCDの中に、落下したポットの水を浴びて悲惨な体になってしまった"Striking It Rich"を発見した。「これは、買い直さなきゃならないなあ」と思ったのと同時に、ついでに他の作品も聴いてみようと、コレクションに抜けている初期作品"Original Recordings"や"Last Train To Hicksville"なども購入してみた。これらもまた、当然のように傑作だった。

YoutubeでDan Hicksを検索すると、無数の動画を見ることができる。中でも僕の目を引いたのが、長いブランクのあとにAcoustic Warriorsを率いて復帰した1990年の"Shootin' Straight"であった。もちろん70年代・全盛期の動画も素晴らしいとは思ったが、すっかり年を取って声も酒ヤケしたような、シド・ペイジもリケッツも居ないこの演奏には、心が震えるほどの感動をおぼえた。ダン・ヒックスの佇まい。色眼鏡。"where you are〜"と歌う時の情けない声のうわずり。バック・ミュージシャンたちの嬉しそうな表情。「俺は正直にやるぜ」というようなニュアンスではないかと思われる歌詞。のっぺりした印象のヴァースから一転して、弾むような明るさをもつサビの暖かみ。"Shootin' Straight"は、すっかり僕を魅了してしまった。

そういうわけで90年代以降のダン・ヒックスについてもいろいろ調べてみたら、どうやら無数に作品をリリースしているということが分かった。しかもそのほとんどをホット・リックス名義で。もっと調べてみたら、我が"Shootin' Straight"は1994年にリリースされた復活第一弾のアルバムに収められているものの、これはライヴ盤で、この曲は現在まで、スタジオ録音盤では発表されていないことも分かった。60〜70年代の作品は全て聴いた。ここまで来たら、復帰後もちゃんと聴くべきではないだろうか。





気がついたら、手元には全ての(本人名義の作品ということだが)ダン・ヒックスのアルバムが揃ってしまっていた。新旧の共演者が一同に会してダンの60才の誕生日を祝ったライヴのDVDや、"Early Muses" "The Most Of Dan Hicks & His Hot Licks" "Live"などの発掘音源集までも。復帰後の作品に関して言えば、今もなお大のお気に入りであるライヴ盤"Shootin' Straight"や、2009年作の"Tangled Tales"などは、初期作品と同等か、あるいはそれらを凌ぐ充実した傑作ではないかと思う。

ちなみに、最後に購入したのは2010年の最新作"Crazy For Christmas"だ。僕は昔からクリスマス・ソングというのが苦手で、クリスマスの時期にこぞってリリースされる企画盤にはいつも辟易しているほどなので、いかなダン・ヒックスとはいえ多少の抵抗を感じてはいたのだが、果たして再生してみると1曲目の"Christmas Mornin'"の音が鳴り出した瞬間、それが杞憂であったことがすぐに分かった。音質という点で言えば、このアルバムはひょっとすると最高の出来映えかもしれない。まったく、底知れない才能の持ち主というほかない。


5月に入った今も、僕らの店では思い出したようにダン・ヒックスが流れている。あまりダン・ヒックスばかりかけるのも変だから、たまに他のものもかけるのだが、気がつくと...いつの間にか...またダン・ヒックスが流れている。僕がかけなくても、ナツがかけていることもある。ふだん、お客さんからBGMについて触れられることはほとんどと言って良いほどないのだが、先日、ついに「店のBGMがダン・ヒックスって」とブログに書いて下さった方が居て、僕は本当に嬉しかった。

2011年3月30日水曜日

緊急yumbo 2

 2011年3月27日 仙台 book cafe 火星の庭

「人々の傘」

高柳あゆ子 vocal
澁谷浩次 bass
工藤夏海 fluegelhorn
大月俊二 fluegelhorn
朝倉美幸 el-guitar
山路知恵子 percussion (skype)


「鬼火」

高柳あゆ子 vocal
澁谷浩次 bass
工藤夏海 french horn
大月俊二 ac-guitar
朝倉美幸 el-guitar
山路知恵子 percussion (skype)


「センチメンタル・ジャーニー」

高柳あゆ子 vocal
澁谷浩次 piano
工藤夏海 french horn
大月俊二bass
朝倉美幸 ac-guitar
山路知恵子 percussion (skype)


撮影・編集:前野健一(火星の庭)
音響・マスタリング:本儀拓(KIWI SOUND WORKS)

避難所としての火星の庭

震災当日、営業を始めてまだ1週間強しか経っていなかった喫茶ホルンは無事だったものの、地震に連動して(?)狂ったように降ってきた大雪の中を自転車で自宅に帰ってみたが、それはもうものの見事に物が散乱していて、倒れたり散乱するであろう位置にあったものは漏れなく倒れたり散乱したりしていたのだった。もはや金魚とは呼べないぐらいに幸せそうに巨大化した愛魚の「ヤンキー」は、哀れにも空気を送るポンプのモーターが壊れた状態でユラユラ泳いでるし、何年もかけてせっせと買い集めた我がレコード群も、無残に部屋中にぶちまけられて折り重なっているし、猫たちは呼んでも返事無いしで、片付けようにも何処から手をつけたらいいのかと途方に暮れてしまった(いま考えたら、僕らのそんな『被害』などちゃんちゃらおかしいものだったと思うけど)。一旦ホルンに戻って、散乱した食器類がそれ以上破損しないように、ひとまず床に安置したりするうち、外はどんどん暗くなっていった。そういえば何も食べてないなと思って、売れ残っていた冷え冷えの大根のサンバルを食べた。外に出て「さて、どうしようか?」と考えたものの、取り敢えず家に帰るぐらいしか思いつかない。ナツと二人で自転車を押しながら、なぜか遠回りして一番町アーケードを歩いたりしたが、仙台へ来て17年、初めて何も電気の点いていないアーケードを見てなんともいえない気分になった。取り敢えず自宅に辿り着き、どうにか座っていられるぐらいの場所を作って過ごそうとしてみたものの、強い余震があるたびに灯油ストーブを消して家の外へ出る、という事を繰り返すので、いつでも出られるように玄関は開放されたままなのでストーブをつけていたとしてもムチャクチャ寒い。無論、外はもっと寒い。どうしていたって寒い。流していたラジオ放送で、近所の高校が避難所になっているという情報があり、このまま家でビクビク過ごすよりは良かろうということで、毛布を抱えて行くと、「本当は生徒のために開放しているのであって一般の方のための避難所ではないんですが集まってきちゃったからしょうがない」という感じで一夜を過ごさせて頂いた。ふだんは柔道の練習場になっているのであろう体育館に入って行くと、学校関係者なのか地域の方がボランティアをしていたのか、ポットのお湯でお茶をいれて下さったり、リッツクラッカーを恵んで下さったりした。暖房は広い体育館の中に灯油ストーブが3台しか無かったが、それでも家に居るよりはずいぶん暖かく思えたし、何より横になって休めるのが有り難かった。そういう時に関さんからナツの携帯に電話が来たのは、本当に嬉しかった。地震発生から何時間も、二人だけで「どうしよう、どうしよう」と右往左往するばかりだったのが、初めて外部と連絡がついたわけで、地獄に仏とはこの事だと思ったのも束の間、つけっぱなしのラジオから「南三陸町が津波で壊滅状態」という報が流れるに至って、僕らは事態の本当の深刻さを知ることになったのだ。

自分の生まれ育った町が壊滅状態になった人に、僕は会ったことがない。それがいま、自分の妻の身に起きている。ナツの実家には神社の宮司である彼女の父親と妹、母親、妹の夫、そして幼い甥が暮らしていて、妹の夫の両親は市街地の川の近くで菓子店を営んでいる。実家の神社は以前の災害時に避難所になったぐらいで比較的高い位置にあるので、皆が津波発生時に家に居れば大丈夫だろうという希望的観測は出来たが、義弟の両親の店は絶望的に思えた。義弟はふだん両親と菓子店で働いているから、仮に実家の神社が無事だとしても、彼の身に何かあったらと想像すると、イメージは悪い方へ悪い方へと向かっていきそうになる。そのうち、僕は心配するのにも疲れ切ってしまっていつしか眠ってしまったが、ナツは全然寝られなかったようだ。結局、義弟の両親を含む南三陸の家族が全員無事だったことが確認できたのは、その3日後だった。

翌日、ひとまず自宅の様子を見に戻ったが、やはり自宅で過ごすのはリスクが大きいということで、正式な地域の避難所である小学校へ行ってみた。こちらの体育館では普通の板張りの床にブルーシートを敷いた上に、避難してきた人たちがそれぞれ布団や寝袋を持ち込んで休んでいた。食料などが配られている様子はない。僕らは持ち込んだ2枚の毛布の上に座って、しばしそこでボーッとしたり、学校の前に落ちている夥しい吸い殻を拾い集めたりして過ごしてみたものの、どうにも気分が落ち着かないので、「火星の庭に行ってみようか」ということになった。行ってみると店の中には布団が敷いてあって、前野さん一家がまだ休んでいたので、ホルンの片付けなどしてから出直すと、火星は何人もの知人、友人が頻繁に出入りして情報交換したり、食料を持ち寄ったり、必要なら寝泊まりも出来る避難所と化していた。僕らも僅かだけどホルンから食材や生活に使えそうな物をちょこちょこ持って来て、当面居させてもらうことになったのだが、自宅の電気や水道が復旧してからも、友人に灯油ストーブを貸したり、実家から仙台の親戚の家に避難してきたナツの家族のために布団を提供していたりで、自宅で寝起きするのは現実的ではないということになったりして、結局この火星での避難生活は、実に18日間にも及ぶことになったのである。

火星で過ごした期間、もちろん前野夫妻には言葉では言い表せないほどお世話になったし、ずいぶん迷惑をかけてしまったとも思うけど、個人的には、何年も疎遠になっていた卓さんやさっちんとの再会、今回の事をきっかけに親しくなれた洋平君との出会いなど、楽しい事が沢山あった。特に洋平君が「子どもの頃に乾電池で遊んでいた」という話は、我々のイマジネーションを壮大に、そして無駄に刺戟した。それに付随して、健一さんが「子どもの頃に乾電池を口に含んで感電した」という話も。
避難生活が1週間以上に及んだ頃、健一さんの発案により、火星でyumboの演奏を撮影してYoutubeで発表することになった。その1回目の撮影の時には、あゆ子は彼氏と山形に避難していたし、大月さんも家族と居るだろうからと気を遣って呼ばなかったりして(しかし実はその夜は奥さんと子どもが関西へ避難した後で、大月さんは自宅で一人でギターを弾いていたという)、演奏は僕とナツと朝倉さん、そしてskype参加の山路さん、飛び入りの生田ちゃんというメンツで行なった。しかし、更に1週間後にはあゆ子も仙台に戻り(トイレットペーパーの芯で手作りした将棋盤を大事そうに鞄に仕舞っていた)、大月さんも呼ぶことができたので、震災後初めて、全員揃っての演奏が実現した。この時は新しい曲を2曲書くことができて、公開録画を大勢の人が観に来てくれて、濱田さんも微妙に八百長っぽい飛び入りをしたり、終わってからは元yumboの庄司君も交えて歓談したりと、非常に楽しい思いをさせてもらったのだった。
仙台市内はもうじき都市ガスが復旧する。僕らは寝袋を購入したことでもあるし、そろそろ本格的な店の営業再開の準備をしつつ、自宅に戻ってガス復旧の立ち会いの機会を待つべきではないかということになった。長らく店の床に安置して埃をかぶってしまった大量のグラスやカップをすべて洗浄し、元通り棚に仕舞い、自宅に戻って猫2匹と過ごしながら、ローリン・ヒルのMTVアンプラグドのDVDを観ていると、最高潮に気分が落ち着いた。金魚のポンプも、今は正常に機能している。

そういうわけで少なくとも今はささやかな落ち着きを取り戻してはいるけど、周囲には放射能のおかげでやむなく子どもを疎開させている友人・知人の家族が居たり、ご両親とお別れしなくてはならなくなった大事な友人が居たり、仕事も家も失った親族が居るので、この先の事を考えるとまるで何も落ち着いたわけではないし、むしろこれからが大変なんじゃないかと思うけど、そういう中でも珈琲を出したりカレーを作ったり、音楽をやったり、何かしら僕らにもやれる事が残されているのはせめてもの幸いだと思う。

2011年3月21日月曜日

緊急yumbo


2011年3月20日 仙台 book cafe火星の庭

「AGAIN」*
「鬼火」

澁谷浩次 vocal, piano
工藤夏海 french horn
朝倉美幸 ac-guitar
山路知恵子 percussion
with
* 生田恵(三角フラスコ)recorder

撮影・編集:前野健一(火星の庭)
音響・マスタリング:本儀拓 (KIWI SOUND WORKS)

「鬼火」

鬼火が
わたしの戸口に灯っている
夜明けまで
酒のなかでちらついている

鬼火が
触れた猫を家来にして
防波堤で
飽きることなく遊んでいる

鬼火よ
わたしをもとに戻せ
鬼火よ
家具のような重さへ

鬼火が
燃やし尽くした街角は
切り分けられた
魚のようにとても静かだ

鬼火が
ちぎれた言葉で話しかける
毎日を
くさった舞台で演じている

鬼火が
優しい歌を濁らせる
絵に描かれた
電車のなかで歌い続ける

鬼火よ
わたしのそばにおいで
鬼火よ
無知な心のように

鬼火が
わたしの戸口に灯っている
夜明けまで
酒のなかでちらついている

2011年3月18日金曜日

人名当てゲーム

避難所となった火星の庭で、ごく一部で流行ったゲームです。
《あそび方》
・出題者が、その場に居る人たち全員が知っているであろう人物の名前を思い浮かべる。例:「岡本太郎」など
・回答者となった人たちが、出題者に対して、思い浮かべた人物について「yes」「no」で答えられる質問をし、その人物の情報を引き出す。例:「その人は外国人ですか?→no」「その人は男性ですか?→yes」「その人の職業は相撲取りですか?→no」など
・蓄積された情報をもとに、出題者が思い浮かべた人物が誰かを推理して絞り込み、回答する。
震災の当日、電気の通じていない喫茶ホルン店内で、売れ残って冷えきった大根のサンバルを二人で食べた。カレーはその後、火星の庭に持ち込まれ、無事人々の胃袋に収まることになる。
火星の庭で。卓さんとはここ数日盛んに「人名当てゲーム」や「保証人ゲーム」に興じて周囲の顰蹙を買った。
同じく火星にて。ナツの親友、さっちんが来た日の写真。ナツとさっちんが一緒に写っている写真は貴重である。
めぐるちゃんが描いてくれたスケッチ。彼女は現在明石に久美子さんと居て元気である。

2011年3月15日火曜日

ご報告2

安否確認ができず心配していた、夏海の実家の家族が志津川小学校の避難所に全員無事で居ることが確認できました。情報収集や捜索にご協力・ご心配頂いた皆様に、心から御礼申し上げます。また、現在も安否確認が取れず不安な毎日を過ごされている方々のご無事を祈念しています。

2011年3月13日日曜日

ご報告

11日午後に東北地方で大きな地震があり、全国的に大きなニュースになっているかと思います。皆様には多大なご心配をおかけしております。

私達夫婦は今月1日から仙台市の中心部で「喫茶ホルン」という喫茶店を開業し、地震のあった時刻も店で営業中でした。幸い、店内の損傷は食器類の破損程度で済み、体も無傷です。自宅は物が散乱していましたが、ガラスが割れたり壁が崩れたりということもなく、大事には至っていません。猫2匹も無事です。「yumbo」のメンバーに関しても、全員の無事を確認しております。

地震が起きた当日は強い余震が続いたので、市内の避難所で過ごしましたが、昨日からは本町の喫茶店「火星の庭」に寝泊まりしています。

今朝自宅の様子を見に戻ったところ、電気は復旧しており電話も通じたので(ガスと下水の復旧は時間がかかるようです)、当面は火星の庭と自宅を行き来する生活となりそうです。

我々の生活している仙台中心部は建物の倒壊なども極めて少なく、電気も復旧したので一見平穏を取り戻していますが、ご存知のように沿岸部(夏海の実家がある南三陸町を含む)の被害は甚大で、かつ全く安否の確認が出来ない状態です。とにかく今は、被害の大きかった沿岸部のことが気がかりで仕方ありません。とりわけ、南三陸町の旧志津川町市街地の上山八幡宮の工藤家、および兼田家(菓子店)の安否の情報を求めています。

ともかく、私達夫婦は無事ですので、お知らせをしておきます。地震は他の地域にも広がっているようですので、皆様もどうぞお気をつけください。

澁谷浩次
澁谷夏海

2011年3月2日水曜日

喫茶ホルン

まさか自分が40歳になって喫茶店を経営することになるとは思わなかった。自分自身だけでなく、周囲の人の誰もが、そんな事は考えもしなかっただろう。午前中に朝市でマグロの頭天やししとう、ココナッツミルクなどを買って、その日のポリヤルなどを仕込み、12時から21時までひたすらカレーをサーブしたりチャイだのカフェオレだのコスタリカ深煎りだのを提供しまくり、汚れ物を洗いまくり、お客さんにひたすら感謝し、店内ではPortsmouth SinfoniaやNeu!などをかけて喜び、閉店直前から明日のサンバルやマサラやクートゥを仕込み、シンクのゴミ受けネットを交換し、死ぬほど煙草を吸いまくっては灰皿を洗い、翌朝の買い出しや仕込みの事を考え、ナツと接客の事やメニューの出し方の方針などについて話し合い、自転車のカゴにパンパンになったプラごみ袋や段ボールの束などを乗せて帰宅し、寂しがっていた猫を過剰に可愛がり、もはや完全に間違った使い方をしているTwitterでその日のシメみたいな事を書いて、なぜかインスタントコーヒーを飲んで死ぬ。そういう生活が始まったわけである。
店の定休日は週に1回、月曜日だけで、それ以外で演奏に時間を使う場合は臨時休業となる。とは言っても初めての自営業なので、あまり悠長な事もしていられない。店というのは自分達の身体や心と同じで、動きを止めるのは息を止めることに等しい。買い出しをして、仕込みをして、お客さんを迎え、コーヒーやカレーを提供し、お金をもらい、片付けをし、帰って死ぬ。そういう状態にしておかないと活動しない。現に今はカレーやコーヒーの事で頭が一杯で、音楽の入り込む余地が無いけど、開店準備期間中に1つだけ曲を書いたので、3月末〜4月末にかけてのライヴは何とか乗り切れるんじゃないかと思う。いま一番僕が愛しているのは店だけど、音楽の現場に戻れば、また音楽も愛せるようになるかもしれない。どちらも自分の仕事(身体や心と同じもの)として扱えるかもしれない。

2011年2月14日月曜日

NEU!

小岩さんの次女は「布季(のい)」というらしい。「シブヤくんか悟くんならピンと来る筈だよ」 と言っていたらしい。小岩さんとジャーマンロックって。



長谷川さん(我が家では前野久美子さんを旧姓で呼ぶ癖がある)が来宅、大根のサンバル・ガーリックポテト・ココナッツチャトニとコーヒーを試食してくれた。税金対策、内装業者の事、iPhoneの利便性、押し売りとの闘いなど、マシンガンのように情報が飛んでくる。長谷川さんは40代になって自分の着る服の色が決まったという。
看板の配色を試行錯誤中。

2011年2月13日日曜日

ドラマ剣

ちよじは目の下の怪我も尻尾もすっかり良くなり、調子に乗ってまた長時間出かけたりしているので、またそのうち怪我をするだろう。真っ白な猫は体が弱いくせに気性が荒いというが、本当にそうだと思う。ちよじは飼い主には噛み付いたりしないけど、外では威張ってよく喧嘩をする。ただ単に学習能力が無いのか、それとも喧嘩〜怪我〜治癒〜復活というサイクルに身を委ねるよう定められているのか?

とにかくモノクロ映像が観たくて、前々から気になっていた「ドナルド・リチー作品集」を観る。短篇集なので一日2本ずつぐらいのペースでちょこちょこ観ようと思っていたが、1本目の「戦争ごっこ」でいやがおうにもテンションが上がってしまい最後まで一気に観た。パッケージの「熱海ブルース」や「五つの哲学的寓話」などの梗概を見て、てっきり台詞のある作品だと思っていたものもサイレントだったので、期せずして言葉の無い場所(言葉ではない場所)に置かれる体験をする。そういう意味では、恐ろしいまでの音響に埋めつくされた「戦争ごっこ」は真髄と言える。無意味に音がでかい近頃のシネコンとかで観たら、さぞかし気持ちいいだろうな。それとも近頃の映画の音響が無意味に音がでかいだけなのか。

ヤフオクでSDの日本盤ベストを落札。UK盤の"+FOUR"を既に持っているので、"Dallas / Sail the Waterway"が聴きたかったから、という言い訳は成り立たない。ここは正直に帯とジャケが欲しかったと言うしかないけれども、これが家にあるのはやっぱりSDファンとしては嬉しい。ライナーが小倉エージと東郷かおる子っていうのもそそるものがあるが、当時は資料不足だったのか、ABC/SD側が意図的に情報を操作していたのか、目玉であるデビューシングルの2曲が「オクラ入りになっていた未発表曲」という扱いになっている。シングルを発売したものの思うように売れないから回収された、というのが大事なのであって、もし完全なオクラ入りだったのだとしたら魅力が半減する気がする。XTCの"Wrapped In Grey"のCDシングルとか、Saddlesoreの"Old Tom Clark"(どちらも現物を確認している)然りだ。
喫茶ホルンは床材を貼り終わり、カウンターや間仕切りの取り付けも終わって、かなり店の形が見えてきた。塗装の配色をどうするかで悩み、調合された色の納品が休み明けになるためにその後の作業が遅れて17日完成見込みとなった。OCT/PASSの本番の合間にあゆ子が覗きに来たので、紅茶についてあれこれ教えてもらう。

翌日、白鳥ホールでOCT/PASS「風来」を観る。音響あゆ子、照明亜希さん。こちらは逆に過剰な言葉責めという趣で、浴びるように言葉を聞いたが、なぜかダジャレは「あなた方が噛んだ小エビが痛い」しか思い出せない。電気ショックもアルトーみたいに度重なると最終的には平気になるのと同じだろうか。後でナツに聞いたら、音楽の服部さんはモナドに関わっていた人らしい。知事公館での生田ちゃんの披露宴で会ったのを思い出した。家に帰ってから、芝居をめぐって集まる人々の爽やかで泣ける感じとか、微妙な寒暖のグラデーションの事を語り合ううち、自分でも戯曲が書けるんじゃないかと盛り上がって設定や配役を考えたりしたが、10分で匙を投げてしまった。

2011年2月7日月曜日

おしゃPの時代は来ない。来させてはならない。

2月5日 阪本順治「顔」を観る。面白さの保証された、いつ観てもいい映画。悲惨だけど笑ってしまう。「どついたるねん」「鉄拳」も大好きだけど、総合的にみて「顔」が最高傑作だろうなあ。佐藤浩市はとても変な俳優だと思うが人気はあるのだろうか。
2月6日 vol.1へ「これが現実だ」を納品しに行く。エサ箱にマリア・ベターニア "Drama"のブラジル盤を発見し購入。'72年のカエターノのプロデュース作で、時代を感じさせる軽快なポップスと、マリアの本領である湿度の高い歌がうまくブレンドされた逸品である。

帰宅してチキン・ココナッツ・マサラと季節外れのナスのサンバルを作る。チキンはちょうどココナッツ・ミルクが1カップ分しか残っていなかったので、かねてより考えていた、ココナッツを減らしたバージョンを作る良い機会だった。案の定、この分量の方がスパイスの風味が前に出てしっくり来る。サンバルは店で使わない予定のトゥーラン・ダルを消費するために作成。やはり外側が硬く、うまくグレイビーを吸ってくれないので、ヘタしたらラッサムもどきみたいだ。ナスはさすがにサンバルパウダーの香味をよく吸って最高の味わいとなる。

夜、あゆ子が来て試食してもらう。芝居の客入れ・客出しに使う音楽を検討中とのことで、youtubeで憂歌団、上田正樹、高田渡など聴きまくるうち、風、ブレッド&バター、浅川マキなど、どんどん関係ない方へ行ってしまう。

寝る前にテレビでオオアリクイを観る。
2月7日 強風にもめげず自転車で活動。店でソファと吊り棚、電話機など受け取り、一番町で調理器具を見てからヨドバシへ。ミニコンポ、スピーカーケーブル、ミル付きミキサーなど見て回る。気になっていたイワタニのミルサーは容量と価格のバランスを考えて却下、迷った末にテスコムにする。ジュピターでココナッツミルク、メープルシロップ購入。ヴェローチェでお茶。電力ビルのからくり人形展は休館日で観られなくて残念。

帰宅して、レシピを新たに練り直したココナッツ・チャトニ改良版に取り組む。格段に美味くはなったが、余計な苦みが出たのと、ミキサーで粉砕したロースト・ダールの食感が思ったより良くなかったのが課題として残る。しかし問題がはっきりしたので、これで次回から一気に完成形へ持って行けると思う。

森君からコーラス隊の件や店のグッズの件で電話あり。一人で淋しいようなので、家に来ればいいのに、と思う。

2011年2月5日土曜日

今のうちにまとめておく

じゃあ普通の日記みたいにその日の事を羅列すればいいんじゃないだろうか。

午後にチャナダールを浸水してから自転車で出かける。七十七の芭蕉の辻支店、一番町支店で新規口座を開設する。一番町の方のは喫茶ホルン名義。先に芭蕉の辻で一通りの手続きを体験し、間髪入れずに一番町へ行ったので、行員が次に何を言って来るか、次に自分が何を提出すべきか...といった流れが手に取るように分かる。恰も口座開設のプロのように格好良く振る舞う。それから宮腰さんが買った現実バッジが不良品だったため、ナツに頼まれた部品を買いにマブチへ。台座付き安全ピン(21円)を一個だけレジへ持って行くと、店員さんに「こういうのはビンごと持って来てもらわないと」と注意される。ダイエー地下食品売り場で生姜、レタス、ポテトチップス、板チョコ、コロッケを購入。一番町のサウンドユーに寄りザーッと棚を見る。レジデンツやポール・チェンバースのCDが欲しいと思ったが、そんなに慌てて買うこともないかとやめる。「明滅と反響」が面出ししてあった。そのあと警官に「自転車でiPodはダメです」とレッドカードを貰う。その時聴いていたのはアンディ・パートリッジの"Troubles"だった。内装中の店に寄るが変化なし。相澤君、風邪が悪化したのだろうか。ついでに近くの骨董屋を冷やかして帰る。

帰宅して鮭茶漬けとコロッケの遅い昼食。ナツ看板用の買い物をしにダイシンへ。斉藤さんからアラバキの件でメール、村上さんからCDと本のトレードの件でメール、山路さんからグッゲンハイムの件でメール。それぞれ返信し、森君や本儀さんにコーラスの件などメールする。予定が詰まってきて、もう何が何だか...。気を鎮めるため、大根のサンバルを作成。テンパリングでクミンシードとメティシードを倍量入れてしまったが特に影響なし。タマリンドの酸味がいまひとつ前に出ていない気がするのは気のせいだろうか。山路さんから神戸の宿泊の件で電話あり。ナツと豆の仕入れの事など話す。オークションで「バッファロー'66」のDVDを落札。
 ちよじの目もとの怪我がなかなか直らない。ここ数日、膿を出しては消毒・薬を塗るという事を繰り返しているが、腫れも引かないしいまだに熱を持っている。しかも尻尾を触るとシャーと怒るので、どうも尻尾を骨折したんじゃないかという疑惑がある。あまり気が進まないけど、やはり病院に連れて行った方がいいのか。

2011年2月3日木曜日

バラバラだけどとにかくまとめておきたい

エルパークでの公演期間中は家に居る間は何もしたくなかったし、それ以外の時間はカレーを作ったり店の事を考えたり寝たりするので忙しかったので、日記を書く暇が全然無かった。なにしろ、映画を全然観ていない。1月中はテレビで偶然やっていた「宇宙戦争」をついつい最後まで観ただけで、しかも変なザルみたいなのにトム・クルーズと娘が捕まっちゃうくだりに見覚えがあって「これ前にもテレビで観たな...」と気付く始末であった。悔しいので月末にTSUTAYAへ行き、もう20年近く観ていなかった「フェーム」「あふれる熱い涙」、あと最近人に勧めたりしてるうちに久々に観たくなった阪本順治の「顔」など借りる。
「フェーム」は記憶していたほど血沸き肉躍る映画ではなかった。これ、なんでそんなに見返したかったのだろう。収穫はポール・マクレーンがゲイの役で出ていたことか。「あふれる熱い涙」も随分久しぶりだったけど、これは以前観た印象と少しも変わらなかった。鈴木正幸、何度観ても本当にカッコイイ。しかしビックリしたのは、特典映像で監督のインタビューが収録されていて、花輪和一みたいな顔の田代監督がボソボソと次回作の構想などを話している。「Mr.Pのダンシングスシバー」も観たほうがいいのかな。それにしても監督のボソボソ声を覆い尽くすかのようないい加減な音楽の挿入の仕方には驚いた。

ライダーズのCD2点とフライング・リザーズの再発2in1を購入。ライダーズのクラウン盤ベストは普通ならスルーするのだけど、今回のは色んなボックスなどに分散していたシングルバージョンがほぼまとまっている(『Beep Beep Beオーライ』だけがアルバムver。惜しい!)のと、ディスク2の初出音源群が粋であることから購入せずにはいられなかった。更なる感動をおぼえたのが「moonriders LIVE at SHIBUYA KOKAIDO 1982.11.16 青空百景」で、これは今までにリリースされたライダーズのライヴ盤の中ではベストだと思う。ハルメンズの大名曲「ふにゃふにゃサイボーグ」が慶一ヴォーカルで聴けるなんて...。しかもギターとサックスだけのアレンジが良い。そして「青空百景」中心の選曲から成る第二部がまた、凄過ぎる。「真夜中の玉子」や「O.K, パ・ド・ドゥ」のライヴ・バージョンはこんな風だったのかと、溜飲が下る思いがした。
中古も最近、当たりが多い。新年の挨拶で行ったSで購入したブロッツマン/ミシャ/ハンのFMP盤。サウンドユーで格安だったXTCのアコースティック・ツアーのCD。そして長いこと探していたレコメンのサンプラーカセット「Local International 1-14」を遂にGEMMで購入。このテープにしか収録されていない、クレイオラの「Black Snakes」の別バージョンが目当てだったが、思いのほかどの曲も面白くて、聴き入ってしまった。Debile Mentholなんていうバンドの人たちは、今はどうしているんだろう。
今月頭から、喫茶ホルンの内装が始まる。最初に見積もってもらった業者と予算が折り合わなくて業者を変えたりして色々あったけど、ようやく具体的な形が見えてきて、あと一歩だ。今日は森君にナツ作の店名ロゴやシンボルマークを渡して、ポストカードなどのデザインをお願いする。今のところ2月22日開店予定だけど、まだまだ片付いていない事どもが山積している。

2011年1月30日日曜日

Herbert Chappellに捧ぐ

日記は後日書きます。動画はサウンドチェックで演奏した"The Gonk"(『ゾンビ』エンドロールバージョン)です。

2011年1月20日木曜日

ゾンビの肌

フラスコの稽古で迎えに来てくれる小濱君にサツマイモのサンバルを試食してもらったら、「肉系は作らないんですか?」と言われ、「そうか、世の中の人は肉が食べたいんだな。そういえば俺も食べたくなってきたなあ」と思いチキン・ココナッツ・マサラを作ってみたら激ウマだった。いつものヒング/カレーリーフ/マスタードシード/たかのつめが醸し出すマサラの世界とはうって変わって、シナモン/クローブ/ブラック・ペッパーが演出するエキゾチックな香りがココナッツの甘みと合流して劇的な味わいに。余ったご飯をレモンライスにしてみたら、これも美味かった。そういうわけでメニューはベジカレーだけでなくノンベジも用意することにして、お客さんの好みで選んでもらい、付け合わせとしてチャトニやダルラッサムやポリヤルなどを共通で付ける、というセットを思いついた。当面はこの方向で練っていくことにする。後日、内装の相澤君とか、小濱君と山沢君にチキン・ココナッツ・マサラを試食してもらい好評を得たのは言うまでもない。

さくら野でレコード市がある事をあゆ子が知らせてくれたので、初日に出かけてみる。ここ数年は探し物がレコ市で出ることは滅多になくなってしまい、やる気もどんどん失せているのだが、今回は小振りのレコ市ながらなかなか良い買い物が出来た。 最も敬愛するインプロヴァイザーで作曲家のMisha Mengelberg率いるICP Orchestra唯一の日本盤(掛け帯付き)が980円という信じられない特価。数年前は倍以上だったと思うけど(帯無し7インチ無しが2500円とか)、もうこういうのは人気無いのかな。ボートラ入りのCDで持ってるけど、オマケの7インチのミシャの顔の魅力には抗えず購入。また、前回の松栄で「アマルガム」を出してくれたグレートミュージックが、今回はよりレアな、かげろうレコードのフリーペーパーを格安で持って来ていたのですかさず購入。80年代の関西ニューウェーブの中では比較的地味だが粒よりの作品を出した兵庫のかげろうレコードが、こんな機関紙を出していたのは知らなかった。レーベル独自で集めたアンケート結果をコンピュータ(HITAC)でクラスター分析中とか、HE WASとViola Reneaが共同で、生物学者ワトソンの著書の一節からインスパイアされた討論会を行ないます、とか、記事がいちいち面白い。

レコ市からタワーへ移動し、溜まったポイントで「ZOMBIE(ディレクターズカット版)」を購入(というか頂く)。僕が知っている「ZOMBIE」はむかしテレビで放映されたダリオ・アルジェント版を更にブツ切りにした無残なバージョンだけなので、初めて完全な状態で観ることができた。ショッピングモールへ到着する前の給油のシーンなどは、全く知らなかった。朝倉さんはゾンビというと「バタリアン」しか知らないと言っていたが、ああいう風に肌がミイラか老人のようにシワシワになってしまったゾンビは、もはやゾンビとは言えない。「これが現実だ」のレーベル面の配色のモデルとなったゾンビの肌は、やはりロメロが創出した、このツルツルのオリジナル・ゾンビでなければならない。

2011年1月14日金曜日

さえずり


トンネルには入り口と出口は含まれない。それらは指し示されるだけである。トンネルは地下空間の謂であり、永久に内部である。ぼくらはトンネルにいる。トンネルの中でもし何事かが何事かに変換されていくとしても、それらがトンネルの外に出ることはない。(工藤冬里)

オレの声って聴きやすいよね。オレ、自分の声を聴いててそう思っちゃった。(高田純次)

人の脳には場所より便利な通路がある(エミリー・ディキンソン)

お願いだ、僕の身体を消さないでくれよ(ホールデン・コールフィールド)

澁谷さんには気は使わないです。多分。一生。(関雅晴)

墓場への途中にある妙なもの。人生なんてそんなものさ(クウェンティン・クリスプ)

水が流れ込んで
かさが増してる
気付かないなら
やがて骨までずぶぬれだ(ボブ・ディラン)

ダルがある程度やわらかくなったらホイッパーでカシャカシャとやります。粒がはやくつぶれて本場っぽくなります。ポイントはふきこぼさない程度の火で煮ること。ほかのことに気をとられていると絶対にふきこぼれます。かたづけがめんどうですから失敗しないように。(渡辺玲)

一日物云はず蝶の影さす(尾崎放哉)

2011年1月6日木曜日

引き裂かれた夕食

年末に藤野君が来てくれて映画の話に付き合ってもらったり、年明けすぐに生田ちゃんと森君が、このまえの大阪で知り合ったばかりの笠井さんと高安さんを連れて来てくれたり、あゆ子にカレーの試食をしに来てもらったり(2回目)、里帰りした福ちゃんと虎太郎君・清水ちゃんと美唯ちゃんが来たりと、ふだんはそれほど来客のない我が家は年末年始に賑やかだった。人が来るたびにコーヒーやチャイ、カレーなどを試飲・試食してもらい感想をもらうのが楽しみとなった。店が始まったらそれこそ毎日人が来るわけで(というか来なかったら生活できない)、ここぞという時にまともに喋れなくなる持病を持っている自分自身にかなりの不安を感じつつも、準備は着々と進んでいるのであった。
カレー作りも相変わらず続いているが、カレー伝道師・渡辺玲氏の功績で以前よりも南インド料理のレシピをネットに上げている方が増えており、参考にさせて頂く。先日は付け合わせ系の充実のため、インド流ピザソースと呼ぶべきトマト・チャトニ、揚げたダルとココナッツ・ファインとスパイスのミックスが香ばしくて美味しいココナッツ・チャトニ、それと得意料理のマッシュポテトカレーなどを一気に作ってみる。それぞれ主役を張るようなカレーではないが、いずれもカレーの常識を打ち破るインパクトがあり、作っては面白がって食べる、ということを繰り返している。そうこうしている間にもサンキュウ農園から定期的に届けられる野菜のうちカレーに使わない食材が放置されたり、志津川のナツの実家からお正月ならではの食料が段ボールで届いたりして、カレー以外のものも食べないわけにはいかなくなってくる。連続でカレーを食べた末の夕食で久々に白菜の味噌汁などを飲むとあまりの美味さに驚いたりしつつ、また翌朝にはカレーの残りを消費しなくてはならない。そしてまた餅を地味に食ったり、ミカンをつまんだりしているので、常に腹が満たされつつ食文化的には引き裂かれている感覚がありオカシイ。
人形劇好きの高安さんに見てもらおうと昔のVHSを漁っているうちに、生田ちゃんとナツがやっていたポンコレラのビデオ以外にも、最初の頃のIGLOO MEETINGの記録なども出てきて、タイムカプセルを開けたような気分になる。中でも高玉君のNow She's Blackは、懐かしいというだけでなく、今でも十分に人を興奮させるオーラを放っている。チャーミングで、パワフルで、バカバカしい名曲の数々。もうライヴはやってないのかもしれないけど、いつか機会があったらまた会いたい、古い友達の一人だ。
年末年始は全然映画を観なかった。深夜にテレビで放映された「東京タワー」をボーッと観たぐらいか。前に観た時はそれほど気にしていなかった内田也哉子が随分良く見えた。エンドロールの甘ったるい主題歌は映画をブチ壊していると思うが、今回の放映では歌い出しすぐでブツッと断ち切ってくれたので気持ち良かった。