2010年11月16日火曜日

Oさん

今日はOさんが体調を崩して早退した。
Oさんは今の職場で、僕が親しく話をさせてもらえる数少ない人の一人で、あの職場に居る間は本当の意味で随分、お世話になった。日がな「飲み」や「パチンコ」や「ケータイゲーム」の話題が飛び交う職場で僕がここまで過ごしていられたのは、Oさんがあるレベルに達した音楽バカだからで、Oさんはそれに輪をかけて素晴らしい人柄であるからに他ならない。
素敵な人というのは、いつ何処に潜んでいるか分からない。そういう人と知り合えれば、多少の苦難や屈辱にも耐えることができる。ちっぽけな世界だけど、多少でもそこで生きる意味を見出すことができる。しかもOさんはその世界の小ささに、決して負けていない。

早健が送ってくれた最近の彼の作品を、iPodに入れて通勤時に聴く。銀杏くさい夜道で彼の音を聴いていると、彼のハンサムな容姿が目に浮かぶ。ずっと前に彼から、いまエンケンのローディーをやっていると聞いた時はマンガみたいに出来過ぎていると思ったが、彼のような人が実に彼らしい音楽をやっているのも、まったく出来過ぎた事だと思ったりして、妙な薄笑いを浮かべてしまう。「蝉」という歌では(僕が知る範囲では)珍しい、彼の裏声を一瞬聴くことができる。あわてふためいたような歌唱パフォーマンスのなかのアクシデントのようにも聴こえる一瞬の裏声は、とてもセクシーだ。彼は自らのハンサムさ故に、彼の音楽や歌声の細部をベーコンの絵のように歪めたり汚したりしようと奮闘する。アメリカのルーツミュージックを土台としながらも、The浜田山的なやるせないオシャレさに寄っていくのもまた、東北人の血を感じさせてくれる。

しかし寝る前には、「南蛮渡来」のCDをかけて、まだ返さないでいる常盤新平の本を読んでいたりする。江戸アケミは本当に凄い詩人だった。アケミ以外の者たちがアケミに呼応して「ぼくたち」などと声を合わせて歌う時など、背筋がゾッとする。

一昨日の夜はまたしてもコーエン兄弟の「ビッグ・リボウスキ」を観る。ジェフ・ブリッジスはあまり熱心に観ていない役者だけど、この作品は実にいい。「デュード」が登場する最初のカットを観た段階で、無条件に親近感をおぼえさせる訴求力があった。イーストウッドとの共演作「サンダーボルト」は観ないと...と思う。また、この映画でテーマ曲のように扱われているのがディランのThe Man In Meというのも微笑ましい。思わずこれもiPodに入れて聴きまくっている。「ビッグ・リボウスキ」は「ファーゴ」や「ノー・カントリー」ほどではないけど、「オー・ブラザー!」に比べれば様々な目論見が成功している作品だと思う。ジュリアン・ムーアとかフィリップ・シーモア・ホフマンなどP.T.A.組の役者が顔を出しているのも嬉しかった。

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