2010年11月23日火曜日

プレビュー終了


10-BOXでのプレビュー公演当日はよく晴れて暖かい日となった。
ああいった会場で人に会うと、いろいろな事を思い出す。
お客さんの中に次郎さんが居て驚いた。yumboの、確か3回目のライヴにゲストで出て頂いて、バカボンパパみたいな扮装でブレヒトの詩を朗読してもらったのだ。稲毛さんもチャイナドレスでキメキメのメイクで朗読をし、演奏は僕と大月さんと庄司君で即興を演った。即興と言っても、何回か集まって詩に合わせた演奏の大筋は決めていたと思う。なぜブレヒトだったのかは全く思い出せない。憶えているのは、詩を朗読してもらうのに「とにかく声のいい人」を探していて、「次郎さんがいい」と人に勧められるままオファーをしたのだ。いま考えると冷や汗ものだが、次郎さんは快く参加してくれて、舞台に関して(音楽に関しても、だったが)ど素人の我々の出し物にプロの技を提供してくれたのだった。
次郎さんに不承不承で「その節はとんだご迷惑を...」と挨拶すると、「俺もアレが何だったのか分からなくてさ〜」と笑って許して下さったのでホッとした。

演劇に関わるたびに圧倒されるのは、仕込みとバラシである。今回のプレビューではyumboは楽をさせて頂いて、仕込みにはほとんど参加しなかったのだが、バラシは出来る範囲(相当狭いけど)で手伝わせてもらった。吸音や遮光のために張り巡らされた黒幕や、それを吊るバトン、夥しい照明、スピーカーなどの音響機材、数え切れない量の各種ケーブル、椅子、箱馬、平台...。すべてが適切な位置に収まっていて、ひとつの世界を作り上げる。当然、バラシた後は然るべき場所に元通り格納される。その数量と手間、一つ一つの物の存在理由に圧倒される。一見つまらない、ただの黒い紐などにも、立派な存在理由があって、決して失われてはならないし、軽視される事がない。ふだん自分が居る音楽の世界のいいかげんさをこよなく愛してはいるけど、芝居の世界のあの厳密さ、精密さには、より敬意を払われるべきだと思う。

本番の後はクタクタになって、メンバーと紅虎に行って、激辛の汁なし担々麺を食べ、家に帰ってコーエン兄弟の「バーバー」を観た。主演のビリー・ボブ・ソーントンは絶対に前に観た俳優だとしか思えないが、実はそうでもなかった。「バーバー」はソーントンをはじめ、妻役のマクドーマンド以下、キャストが例に漏れず素晴らしい。演出も抑えめで、音楽は静かなピアノソナタしか使っていない。物語は悲痛で滑稽だが、決して脇道に逸れることがないので最後まで集中して観ていられる。凄腕弁護士の不確定性原理の話や、ピアノ少女の誘惑のくだり、40年代のヘアスタイルなど、意表を突いた見所が随所にある傑作であった。

今日は一転して雨降りの夜だった。疲れが体の中にたまって出ていかない感じがする。
何気なく借りてきた、カサヴェテスの「グロリア」を観る。なぜこの映画をこれまで観ていなかったのか不思議でならないが、とにかくこれまで何度も借りようと思って、その都度「今日はいいか」と見送っていた映画である。案の定というか、当然のように面白かった。完璧な映画だと言って差し支えない。ジーナ・ローランズは筆舌に尽くし難いほど素晴らしい女優だと思う。彼女を、その一挙手一投足を常に目で追っていたいという欲求のためにラストシーンまで引っ張られた作品だった。

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